記憶は大切なことほどなくなるー《家族を忘れてしまった本当の話》

はじめに、このサイトを運営している私

「黒いちご@ポン」と、家族で相方の「白いちご@まめ」は解離性障害という病気です。

解離性障害とは、記憶喪失や多重人格という症状があります。

初めて当ブログをご覧になった方にはこちら、解離性障害ってどんな病気?《多重人格と記憶喪失の真実》をご覧いただいてから、ぜひ続きを読んでいただきたいです。

そしてこの解離性障害の症状の記憶喪失は「記憶は大切な人や出来事ほどなくなる」と、このように言われています。

ここから話すのは記憶がなくなる病気の私と相方の、実際の話です。

 

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記憶がなくなるとは

 

実話の話に入る前に、話しておきたいのですが。

記憶がなくなるって、皆さんどんな感じかわかりますか?

もしくは、記憶がないってどんな感じかわかりますか?

記憶がなくなる、記憶がないというのは、本当にないんです。

一般的な物忘れだと

「そんなことあったかな?」

「えーっと、なんだっけ?」

「思い出せないや」

というようなことがあるのですが、記憶がないというのは、このようなことも起こらないのです。

例えば誰かに

「こないだ○○に行ったじゃん、そんときにさ・・・」

「ふーん、誰と行ったの?」

「え?二人で行ったじゃん、先週の金曜に」

「へー、誰かと行ってきたんだ」

「誰かじゃなくて君とだよ」

「私は知らないけど」

記憶がないというのはこのうようなことも生じるわけです。

「ない」というのは文字通りないのです。

思い出せないとかそのようなレベルではすでにないのです。

それを踏まえたうえで、この後を読んでいただきたいです。

相方にあっても誰なのか分からなかった

 

相方にあったとき、お互いに初対面だと思っていました。

私がこの時に相方にかけた一言は、本当に驚きの一言でした。

なんと私は「髪をあげたほうが似合うよ」と、完全にセクハラ発言になるであろう一言を発したのです。

この一言を発した瞬間、私は自分の一言に心底驚きました。

まさか私がこのような言葉を初対面の人にかけるなんて、と。

しかしこの一言に相方は「そう?」と答えたのです。

相方に後から聞いた話では、相方自身も「自分の反応に大変驚いた」といいます。

相方は普段、人が、特に男性が苦手です。

その相方が「そう?」と答え、さらにその少し後には髪をあげていました。

 

今思うと私も相方も、記憶として思い出していなかったけれども、無意識の反応でお互いを認識していたのではないだろうかと考えています。

記憶には心と体の記憶があるといわれることがあります。

記憶として誰かがわからなくても、体の中に残っていた記憶が反応したのです。

前から家族だったと認識したのはちょっとしたきっかけ

 

それまで私も相方も、同じ市内ではありますが、全く別の場所で暮らしていました。

その後、私と相方は共に暮らすようになっていくのですが、この時点でまだ、忘れていた家族という認識はありませんでした。

 

ある日、私と相方で料理をしていた時のことです。

普段料理は私が主にしており、たまに相方がやるというのが私たちの日常でしたが、この時は二人で料理をすることになったのです。

しかしこれが、私たちの記憶を思い出させるきっかけになったのです。

料理をしている最中に相方が私の切り方をみて「それは切り方違うよ?前にも教えたでしょ?」

こう言ったのです。

「前っていつだっけ?」

この一言から、二人ともフラッシュバックが始まり、どんどん映像がおりてきました。

一緒に過ごしていた時間が、次つぎにあふれ出してきたのです。

そして私たちは、お互いにおりてくる映像の話をしました。

この時はまだ、半信半疑でしたが、話していくうちにどんどんはっきりしてきました。

はっきりしてきたのには理由があります。

私が途中まで話す話の続きを相方が話したのです。

夢や妄想であれば、それはできないと考えていたので、相方と話していくほどにお互いの記憶ははっきりしていきました。

 

この時まで、家族を忘れていたことはわかりませんでした。

それどころか初めて会ったと思っていた時は、相手が誰なのかもわかりませんでした。

過去にずっと一緒にいたはずの人だったとしても、このように忘れてしまうのです。

これが、解離性障害であり、記憶喪失というのはこのように家族であったとしてもわからなくなってしまうのです。

 

もう一人の家族について

 

お互いのことは思い出すことができましたが、私たちにはもう一人家族がいたことも思い出してきました。

ですが、そのもう一人の家族の顔や姿が、どうしても出てこないのです。

今現在も、忘れている家族のことを思い出してきてはいます。

一緒にどんなことをしたのか、どんな人だったのか。

しかし、顔や姿に関してはほとんど出てきていないのです。

もう一人の家族は、解離性障害ではなかったと思います。

変わったところもありますが、普通の人であったと。

「近くにいるのかな?」とは思っていますが、私にも相方にも判別がまだできないのです。

 

なぜ家族を忘れることになったのか

 

なぜこのようなことになってしまったのか、わかりません。

ただ、何かがあったことで解離したのであろうという予測は立てられます。

何があったのかはわかりませんが、何か解離する原因があったのだろうと思います。

そして、家族が離れ離れになったのです。

離れ離れになった時に、解離性障害の人には自力で思い出すことは困難です。

当時住んでいた家のことも、薄らぼんやりと出てきてはいるのです。

しかしながら、はっきりとはわからないのです。

 

そして、大きな原因は、離れ離れになる何らかの理由があったことです。

ただでさえ忘れてしまう病気の私と相方のいる家族が、バラバラに暮らす原因があった、それにより解離し思い出せなくなっていくことに拍車がかかりました。

もしも、ずっと一緒に生活していたのならば、こうはならなかったかもしれません。

言ってもせんないことですが、家族みんなでずっと過ごせていたかもしれません。

 

もう一人を思い出せるかはわからない

 

もう一人の家族について、私も相方も思い出せる保障はありません。

少しずつ何をして過ごしていたかや、どのように過ごしていたか思い出してきてはいますが、この先どんな姿かなどを思い出せるかはわかりません。

また家族がそろうかもわかりません。

思い出したいという思いがあったからといって、思い出せるものでもありません。

 

記憶がなくなる思いをしてほしくないから

 

この出来事を記事にしたのには理由があります。

解離性障害の人やその家族、あるいは大切な人に、同じ出来事になってほしくないという私と相方の思いからこのことを記事にしました。

解離性障害、記憶喪失というのはこのように大切な家族であったとしても忘れてしまうことがあるということ。

それを知ってほしく、一緒に過ごしたい人と過ごすことができなくなってしまうようなことになってほしくない。

記憶がなくなることがあるということ。

こういうことになる可能性を知っていれば、防ぐことができます。

私たちはとても複雑な思いで生活しています。

家族がもう一人いるとわかっていても、いまだに認識もできない状況です。

一緒にいれば思い出せることも、離れ離れだと思い出せない。

こういう思いで過ごしてほしくないのです。

私たちは、家族が今後そろって生活できるかわかりません。

どうか、解離性障害の人が家族や大切な人にいるならば、そばにいてください。

これがこの記事で最も伝えたいことです。

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